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信長は眉間に深い皺を寄せながら、暫し宙に視線を遊ばせると
「相分かった、すぐに参る」
踵を返し、御殿に戻ろうと歩み始めた。
濃姫は、恒興と共に去ってゆく夫の広い背中を、悄然とした面持ちで見送っていたが
「そうじゃ……お濃よ!」
信長は急に足を止めて、姫の方へ振り返った。
「ちょうど良い、そなたも付いて参れ」瘦面treatment
濃姫が思わず「え?」となっていると、信長はつかつかと姫の前に歩み戻って来て
「良いから来い。久方ぶりにそちの見解が聞きとうなった」
濃姫の手首を取るなり、ぐいぐいと御殿の方へ引っ張って行った。
城の表書院では、信光が下段の中程にどっしりと腰を据えて、やや急いた表情で信長の訪れを待っていた。
守山城主・織田信光は、今は亡き信秀の弟にあたり、小豆坂の戦いにおいては小豆坂七本槍の一人として名を馳せた、武勇の誉れ高い人物である。
織田家の親族や家臣たちが揃って品行方正な信勝を支持する中で、信光は嫡男たる信長を支持し、
かつての「萱津の戦い」「村木砦の戦い」においても信長勢と共に戦い、その勝利に貢献し続けてきた影の功労者でもあった。
そんな彼が前触れもなく信長の元へやって参ったのは、これまで同様、どこかで信長の“次なる勝利”を確信していた故なのかも知れない。
「──これは叔父上、ようお出で下さりましたな」
やがて、豪快な足音を響かせながら信長が座に入って来ると
「おぉ、信長殿。待ちわびましたぞ。いや、突然押し掛けてしもうて申し訳ない」
「お気になされますな。最近は清洲が白旗を上げるのを今か今かと待ち続けるだけの日々でした故、ちょうど退屈しておったところです」
「ならば良いが………これは、奥方殿も共にお出ででござったか」
信長を追いかけて数秒遅く座に入って来た濃姫の姿を見た信光は、その思いがけなさに思わず目を見張った。
「ちょうどお濃と庭を散策していたところでした故、久方ぶりに叔父上に目通りさせようと思い立ち、共に連れて参った次第にございます」
述べながら、信長が上段の茵の上に胡座をかくと
「信光様、ようお越しになられました」
濃姫も下段の最前に控えながら、信光の前に恭しく双の手をつかえた。
「お濃殿。こうして間近でそなた様のお顔を拝するのは、確か兄上の葬儀以来になるかのう」
「ええ、ほんにお久しゅうございまする」
濃姫がゆるやかに頭を垂れると、信光は満面に笑い皺を寄せた。
「それに致しも、暫く見ない内に何ともまあ、お美しさに磨きがかかられて…。
かように見目麗しいご伴侶をお持ちの信長殿は、まさに果報者じゃ」
言葉を受けるなり、信長は俄に濃姫を一瞥すると
「果報──そうですな、確かに」
その面差しに柔和な笑みを広げた。
「お濃は美しいばかりでなく、才知にも優れた聡(さと)いおなごです。大うつけと称されし儂にとっては、勿体なき嫁御にございます」
「殿─」
思わぬ夫の返答に、濃姫はうっすらと頬を薄紅色に染めるも
「これで謙虚さとおなごらしい可愛げがあればもっと良いのですがなぁ」
その余計なひと言が、姫の浮き上がった心を、すぐに定位置へと引き戻した。