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通具は何も答えず、ただ一礼のみを返す。
「理由(わけ)を聞こう。美濃軍が参り次第出陣すると申しておいたはず。何故に今になって出陣せぬなどと申す?」
「……」
「信勝との家督争いのことを、根に持ってのことか?」
「それもありまする」瘦面treatment
秀貞は、この場で斬られても本望と言わんばかりの、敢然とした面を信長に向けると
「畏れながら殿は、この織田家を破滅に追い込むつもりなのですか !?」
重々しい口調から一転、人間味を感じさせる声色で訴えた。
「美濃軍にこの城の留守を預ける旨、某は承服出来ぬと幾度も申し上げたはず!
にも関わらず、左様な大事を何故お一人でお決めになられました !?」
秀貞の不服はこの点に尽きた。
如何に同盟国であろうとも、己の居城を他国の軍勢に任せるなど前代未聞である。
共に出陣して戦うのならまだしも、完全に留守を預けてしまうのだから、当然 斎藤家の裏切りを危惧して秀貞はこの案に反対の意を示した。
ところがこれを、信長はほぼ独断で決してしまったのである。
「美濃をその掌中に治めるまでに、道三殿が数々の謀殺や謀略を繰り返して来たことは、殿もようご存じにございましょう !?
出陣後、この城に残せる織田の家臣はごく僅かにございます。万が一にも美濃軍に裏切られるような事態に陥れば、我らは帰る城を失う事になるのですぞ!」
「元より承知じゃ。それも覚悟の上で親父殿にお頼み申した」
「分かっていながら何故…!城を失うだけならまだしも、そのような最中に敵に攻撃を仕掛けられでもしたら、助かる見込みは無きに等しいのですぞ!」
「案ずるな佐渡、蝮の親父殿は儂を裏切らぬ」
「如何なる理由から、左様な断言をなされまする !?」
「儂がひとえに親父殿を信じておる故──それだけじゃ」
「“信じているから”とは……殿、ご冗談で申しているのでございましょうな?」
「いや、儂は本気じゃ。佐渡、信じる心を失のうたら男は終わりぞ」
場に似合わぬ揚々とした口調で告げる信長の前で、秀貞は大きく肩を震わせると
「…話になりませぬ…。通具、参るぞ!」
とうとう一言も発さなかった弟を引き連れて、苛立たし気にその場から去って行った。
「…と、殿、如何致しましょう !?」
「佐渡守様が出陣せぬとなると、兵の数が足りなくなりまするぞ!」
「お引き止め致した方が宜しいのでは !?」
突然の事態に家老たちが口々に声を上げると
「狼狽えるでない──。戦意を無くした者を無理やり戦場に連れて参ったところで、戦力になるとは思えぬ。
出陣せぬ…、それならそれで一向に構わぬ。良いか!我らは予定通り明日出陣致す。やる気のない者になど構うでない!」
林兄弟の出兵拒否など取るに足らぬ事とばかりに、信長は主君らしい凛然たる態度で言い放った。
信長がここまで言い切ってしまっている以上、家老らにそれを覆す手立てはない。
信長が道三を信じるように、彼らもまた、この破天荒な主君を信じて付いて行く他なかった──。
林兄弟が与力(よりき)である荒子の前田与十郎の城へ退去したという話を漏れ聞きながら、
翌二十一日、信長は“ものかは”なる気に入りの馬に乗って、威風堂々と出陣した。